皆で考える心理的安全性。心理的に安全な場って何だろう? | カラビナ(その2)
前回の記事では、「心理的安全性」の前提として、人は実に感覚的な生き物であり、相手と「分からない」という感覚さえも共有することが大事という話をしました。 まずは、「分からなさ」を共有し、持ち帰る。 そこから、一歩一歩カタチにしていく努力が創造的な仕事をするには欠かせない、そんな議論をしました。 本日は、その続きから。 露木先生の以前いらした職場でのエピソードなど、「なるほど!」と思えることが盛りだくさんですよ!
お客様の言われた通りに作っていたら
失敗する!?
戸:先生がおっしゃった「分からない」ということを、分からないとして置いておくことにきっと今までは抵抗があったんだと思うんですよね。 「分からないなんて優秀なビジネスパーソンとしてダメだ」みたいな。 でも、一人ひとりが創造的な仕事をしたり、今までないものを生み出す組織にしていくには、分からない、ということをちゃんと言えるような会話は欠かせない。 お客さまとも不明点があったら結論を急がず、「なんでだろう」といいながら持ち帰ってみるのも大事ですよね。
露:そうなんです。 私が勤めていた産業機械のメーカーでは、造るものがお客さまの数だけ違っていたんです。 そこでよく言われて、印象的だったのは、「お客さまの言われた通りに造っていたら失敗する」ということ。 お客さま自身、「こうしたい」という想いを10%も表現できない。 だから、理解するには、顧客の現場に入り込んで一緒に考えて造ることが大事だと教わりました。 もちろん、その上でたくさんの失敗もあるんですけど、すごいのは、みんな失敗だと思っていないんです。 失敗さえも成功のワンステップ、という捉え方なんでしょうかね。 そもそも、物事がうまくいかないときは、みんな「なんか違うな」って感じているんですよ。 そういうときは、一回中断してみて寝かせてみる。 すると、以前造ったもののノウハウからヒントがあったことに気が付いたりと、引き出しに眠っていた作りかけのものが日の目を浴びるような感覚に近いものを得られることがあるんですね。 だから、過去のうまくいかなかったことや、些細なものもすべて大事にしたほうがいいと思います。
お客さまに“棲みこむ”ことで、
イノベーションの糸口を掴んだ。
戸:ところで先生は以前、「前川製作所」(http://www.mayekawa.co.jp/ja/)にいらしたんです。 そこでは、鶏肉を加工する機械を製造していたわけですが、骨と筋肉がくっついている腱のところがあって、それをうまく剥がすのが難しいという話をされました。 鶏も人と同じで全部サイズが違うし、いわゆる規定されたサイズがあるものを加工するのとは全く違う。 それを解決される製品を開発された際のエピソードをお話しいただきたいです。
露:お客さまは食肉加工会社で、それまで鶏肉の処理は、ご年配のおばちゃんたちが手作業でさばいていたんだけど、腱鞘炎になったりして人手不足になっていたんですって。 だから、鶏の骨と肉を分離する機械を造ってほしいと頼まれるわけ。 やっぱり、機械化しないといけないって。 そこで、前川ではいろんなカッターを使って試行錯誤してみたものの、なかなかうまくいかなかったんです。 では、どうしたかというと、実際に社員が何人も加工工場へ行って、一緒に作業をしてみたんですよね。 すると、気づくことも大きくて。 一緒に作業をする前は、みんな骨から肉を「切り取る」という発想だった。 だから、その発想のもとあらゆる刃物を使って切ってもすぐダメになっちゃって。 一旦開発を中断して、この機械を造る話そのものが凍結したほどでした。 そこに、あとから入った若いエンジニアがやっぱりこの機械を造りたい、と言い出してもう一度加工工場へ出向いて作業をしてみたんですよ。 そこで、彼は「切るではなく、剥がす」という発想を得ることに。 ここから、この機械の話が大きく展開していきます。
戸:まさに、相手のもとに「棲み込む」って感じ。 相手に踏み込んでみたからこそ、新たな発想が出てきたという典型ですね。
露:たしかに、いろんな人にインタビューしてみると、「剥がす」ということは前から言われていたみたいなんです。 でも、剥がすにしても、どうしても切る動作は必要になるわけで、おそらく、みんな「切る」という発想に閉じていたみたい。 そういう状況の中でひとりのエンジニアの気づきが集団に伝播。 そしたら、みんなが「それだ!それだ!」って言い始めてイノベーションが生まれていったわけですよ。 そこで大事なのは、この「剥がす」というコンセプトを聞いたときに、みんなが「何言ってるの?」と否定しなかったことも大きいと思います。 みなさん、「ブレイクスルー」って言葉を聞いたことはありますよね。 「剥がす」という考え方を聞いていたのに、ずっと「切る」発想でいたのは、やはり「切る」という概念や言葉にロックインされていたから。 それが、自分で体を使って気づきを得て言葉にした時に、切るという概念から剥がすっていう概念に置き換わり、剥がすというのを感覚的に分かったから、「いいね!それでいこう」ってなったんですよね。
「相手の感覚」を信じて聞くという
文化を持っていた前川製作所。
戸:今回は「棲み込んだ」というように、顧客の中に入り込んで相手の体になり切ったというところが創造性を生み出したという点と、感覚的に得たことを話せる関係性が前川製作所ではできていたという点がポイントですよね。 こういう関係性ができていたからこそ、その人が棲み込んで得たものを伝播できたということですかね。
露:まさに、その通り。 前川にはA情報とB情報というのがあります。 A情報はいわゆる言語的なデータの話でいわゆる「形式知」、B情報はあくまで感覚的な話で、「暗黙知」のようなものです。 今でこそ暗黙知というものが浸透していますが、昔からそれを認めていたというのはすごくないですか。 それは、「相手の感覚を信じる」という文化があったからこそ。 会社に棲み込んで鶏肉を捌いていたのを、「何勝手なことをやっているんだ」と否定したら、さっきのような「剥がす」という発想が浸透することは永遠にないわけですね。 本当に単に頭で考えたものではなく、その人の肉体を通じて感覚から出た言葉を信じるからこそ、そこにいた他のメンバーが「そうだ!そうだ!」と認めたというわけです。 感覚から出た言葉だからこそ伝わったという部分と、感覚から出た言葉への信頼という両方があったのだと思います。
戸:そこで「剥がすなんてありえない」と言ったら、前川さんのような創発は生まれないですよね。 このことをカラビナに当てはめたらどうなるでしょうか。
露:そうですね…。 大事なのは、相手の解釈にどれだけ迫れるか、ということじゃないかしら。 例えばお客さまが、「ウチはこういうところを強くしたんだけどどう表現したらいいか分からない」みたいな話があったとしたら、「分からない」という中にすごく色々な想いがあるわけじゃないですか。 その想いを、やはりその人の体になりきってみようとすると、「言いたいけど言えない、分からない想い」にも迫れるんじゃないか、と。
戸:「わからない」というお客様の言葉やその奥で感じていることに、どれだけ寄り添えるか、一緒に感じてみようと思うか、ということが大切なんですね。
露:はい。 そして、その分からなさ加減を、「分からないね」と言いながら、あーじゃない、こーじゃないと言って話をする。 そして、お客さまの前でも「こうですか、ああですか」と言って話をして、また持ち帰っての繰り返しなんだと思いますよ。
「ムダなこと」をみんなで
揉んだから、新しいアプローチが生まれるのかも。
NOT効率主義もいい。
戸:そういうことを「効率が良くない」として切ってしまう価値観もありますが、イノベーティブにやるのなら、効率が悪くとも、「誰かの感覚を信じる」とか、「分からないものを分からないなりに持ち帰ってみる」とか、「粘土のように揉んでみる」とかが、重要になっていくんですよね。
露:いいですね、粘土って表現。 みんな、ムダはいけないものと考えているみたいですね。 でも、ムダとかムラって本当は必要なんです。 だって、多様性って本当はムダなんですよ。 一人ひとり個性はみんな違う。 それが、違うからムダだとしたら面白くないじゃないですか。 どれだけ個性を出せるかが多様性って意味です。 多様性は、ここにいる皆さんの中にもあるし、日本の中にもある。 ところが、なぜだか、あたかも多様じゃないように振る舞ったり、弱みを見せないようにしているわけですね。 社会人らしさに当てはめて守っているところもあるわけですよ。 それってとってももったいない。 例えば、休日にはバンドをやっているとか、会社にいるときと違う感覚を持っている人であれば、そのバンドマンとしての感覚もコピーやデザインの仕事をする際にも役立っているはずですよ。 そもそも心理的安全な場とは、個性をうまく出せるための土台なんです。 だから、どんな組織にも絶対に必要。 「仲良くやりましょう」とは全然違う。 一人ひとりの感覚を大事にして、個性を出すことによって、その人のアンテナにしかかかってこない時代の動きみたいなものを組織の中に取り込む、ある種のセンサーのような機能ですね。
戸:一人ひとりが持ち寄った、「感じていること」を「何を変なこと言ってるんだ」と否定しないことも重要ですね。 大切な感覚を持ち寄れるようにして引き出さないといけないです。
露:変なこと言ってるな、と思ってもいいんですけど、「どうしてその人はそういうことを言ってるんだろう」という問いがたてばいいんですよ。 一生けんめい言ってるなら、何かあるんだろうっていう。 近頃では、効率性が過度に重視されていて、みんな最短距離で行きたいって思いがちです。 でも、実は急がば回れで、じっくりじっくり考えて、余計なこともいっぱいしているからこそ実は最短距離で行けることもいっぱいあるんですよ。 ~~~~
さて、第2回も内容が盛り沢山でした。 先生が過ごされた前川製作所での、相手の感覚を信じるという話は、これから創造的な仕事が求められる場面では絶対に欠かすことができないものだと思います。 大事なのは、分からなさを含めて相手の感覚になりきって、カタチにしていく努力ことなんですね。 さて、今回のシリーズも次回がラスト。 メンバーと先生の質疑応答を中心にお送りします!