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2022.11.22

クリエイティブに触れて|プレイリストを贈ること

クリエイティブに触れて 

「結婚披露宴のBGMを何曲か選んでほしい」と大学からの友人に、居酒屋で言われたのは数ヶ月前のこと。大学を卒業してからも、頻度は減ったものの、定期的に居酒屋に集まっては仕事のことや最近あった出来事を、あーでもないこーでもないと片やビール、片やサワーを手にしゃべり倒す仲です。「○○歳になっても、独身だったら一緒に暮らそう」と言い合ったのに。いつ会っても気のいい友人は、彼女と同じくらい気のいい人と出会って結婚をしました。そんな大好きな二人の晴れの日のBGMの選曲をするなんて。こんなに光栄なことはありません。

どれだけ光栄なことかというと…私は自分が「音楽オタク」だと思っていません。私よりも音楽に詳しい人は山ほどいるし、こうしてコラムに書くことも恐れ多くて憚れるくらいです。無人島に持っていくレコードのことは、考えすぎて考えるのをやめました。ニール・ヤングの『アフター・ザ・ゴールドラッシュ』、キャロル・キングの『つづれおり』、ジョニ・ミッチェルの『ブルー』、ティーンエイジ・ファンクラブの『バンドワゴネスク』『ソングス・フロム・ノーザン・ブリテン』、ドーター・オブ・ソードの『ドーンブレイカー』を心の友としてきた、そんな私に一生に一度しかない大切な日のBGMを選ばせてくれるなんて…と感激したくらい光栄なことなのです。どうです、面倒くさいでしょう?プレイリストをつくることは「日曜の朝に聞きたい曲」とか日常的なことでもあり、特別なことでもあると思っています。小学生の頃に『オブラディ・オブラダ』が聴きたい、と言う私に父がザ・ビートルズの曲をまとめたカセットテープをつくってくれました。私の音楽の原点はきっとこのカセットテープです。誰かのためにプレイリストをつくることが、どれだけ特別なことか。また、結婚披露宴で流す曲といったらラブソングが中心になるかと思いますが、いかんせん私の好きなラブソングは、終わってしまっている恋愛について歌っているものばかり。これも私を悩ませる要因でした。

前置きが長くなりましたが、友人の結婚披露宴のBGMに悩んでいる時に思い出した小説が、ニック・ホーンビィ著『ハイ・フィデリティ』です。1995年に出版され、2000年に映画が公開されています。はじめて読んだ(観た)のは大学1年だった19歳の頃。アルバイト先の映画館の社員さんに「好きだと思うよ」と勧められたのがきっかけです。当時の感想は「何、この面倒くさい主人公(ロブ)」でした。もしも、友人の恋人がロブみたいな人だったら、友人の顔が曇らない程度にボロカスに言うことでしょう。しかし、数年後、20代半ばになって読み返してみると、あんなに面倒くさいと感じていたロブに「これは、私か…?」と共感するなんて。

あらすじは、儲からない中古レコード店を営むロブと弁護士のローラのカップルが同棲の危機を迎えて…という内容ですが、ロブが編集したカセットテープをローラに贈ったことをきっかけに二人が付き合い始めるなど音楽オタクが胸をときめかせてしまうようなネタばかり。注釈に終始するあとがきも、なんだかいとおしい。自分がみじめだから音楽を聴くのか音楽を聴くからみじめなのかと考えたり、「何が好きか」で人を判断したり、どうしようもないけれど、ロブの気持ちがよくわかる。どうしようもないロブだけど、ローラみたいな素敵な彼女がいるように、いつか私にもそんな誰かが現れるだろうか…と将来が不安になり、さめざめと泣いたものでした。そこからさらに大人になった35歳の今、「何が好きか」ではじまった関係は『アフター・ザ・ゴールドラッシュ』の3曲目までがいかに完璧かは話せるのに、すれ違いや違和感とか話すべきことは話せないむなしいものだったことも経験しました。そんな夢見がちで大人になりきれない私みたいな人間が、孤独にならないにはどうすればいいのか?それは、この夏夢中で観ていたNHKの連続テレビ小説『芋たこなんきん』に答えを見つけたような気がしました。小説家・田辺聖子の半生を描いたドラマですが、ヒロインの町子と「カモカのおっちゃん」こと健次郎が、晩酌で話すシーンが好きでした。何でも話してきた夫婦。それは町子も健次郎も自分に自信があったからだと気づいたのです。自分の考えにある程度自信がないと、相手の話を受け入れるのも難しい。自分に折り合いをつけて、地に足をつける。そう思えた時に、夢物語だと感じた『ハイ・フィデリティ』のラストに納得ができたのです。ロブも、地に足をつけたのだ、と。

私が地に足をつけるのは、まだ少し先になりそうですが、友人の結婚披露宴のBGMは選べました。日曜日のお昼の披露宴に流れていたら、会場をあたたかくて幸せな空気で包んでくれそうな曲。喜んでくれたら嬉しいな、と願うばかりです。

Written by
SATOKO OKAMURA

DIRECTOR & COPYWRITER

大学時代はメディア表現学を専攻。フリーペーパーの広告営業、企業が発行する会報誌等の企画編集を経て、カラビナに入社。好きなものは1960~70年代のロックと映画、落語。映画好きが高じて映画館でアルバイトをしたことがある。肉全般と立ち食い蕎麦、どら焼きに目がない。