長々とお話ししてきた4年から5年に亘るダメ社員時代も、いよいよ終焉が迫って参りました。いやぁ、あまりに自分がダメすぎて転職を考えるようになったのです。
それは多分(とにかく記憶が曖昧)、4年目くらいの夏だと思います。前年、かなり力を入れた道路会社の原稿が入選できず、その他は流用ばかり。流用はアシスタントがやるような仕事で、同期たちは少しずつ着実に実績をあげている。私は、しっかりと落ちこぼれており、異動してきた上司からも「不要なもの」として扱われていることも実感。割と、この手のことに動じないタイプではありますが、年々、クレッシェンドのように評価が下がり、徐々にボディブローの様に心を蝕んでいたのです。
ま、でも、仲良しの同期や後輩と飲みに行っては、「今日の先輩、ココが変だったー」とみんなで盛り上がったりして、メンタルというほどではなかったのかな(笑)。やはり段々と「ここにいるべきではないのかも?」と思うようになりました。甘い考えと言えばそうですが、ここまで悪い評判がついてしまうと、何をやっても悪く取られてしまう。これがレッテルというものか!ならば、心機一転、制作プロダクションに転職するとか、新たな道を模索する方がいいのかもしれない。やっぱり「人生とかの」重い広告とか、合いそうもないしね。とぐるぐると考える日々。そんなある週の金曜日、私は同期に誘われ、仕事終わりに飲みに行きました。彼女は私の気分を晴らそうと誘ってくれたんだと思います。
楽しい飲み会、遅くまでいたのでお店の男子も一緒に飲んだりして賑やかでした。その喧騒の中で、ふと立ち止まって考えてみました。「広告代理店を受け直してみようかな?」「制作会社もあるのかもしないな」「出版社はどうだろう」「明日は休みだし、本気で探してみようか」
なんで、この会社に入ったんだったっけ?
ぐるぐると、どうでしょう。現実には20分くらいかな、転職先を考えてみたりしていたら、ふと私、なんでリクルートに入ったんだっけ?と思う様になったのです。すると、「リクルートいいと思ってたな。代理店より事業が面白くてクリエィティブだな〜と思ってた。やりたい制作もできるけど、事業とか創るのも面白そうだな」「それで、トントン拍子に受かったな。一緒に受けた十数人、誰も残ってないやね。すぐに電話かかってきて、次々と面白い社員を出してきたな」などと面接の楽しい思い出が走馬灯のように駆け巡り。いやぁ、まさに死の直前の・・・。なんて(笑)。そしたら、急に「私って、すごく“いい”と思って採られたし、自分も、すごくこの会社がいいと思って入った。要は相思相愛だったんだなぁ」「そもそも正社員なんだから、私がどんなにダメでも辞めさせられないんだな・・」ということに思いが至ってきたのです。さらにさらに「リクルートは江副さんが、自ら機会を創り出しなんて言ってるよな。実際、そうだよね。ってことは、私、機会を生かせてなかったわけ!?」と稲妻のような気づきが!ドン・ガラガッシャーン!
「悪い期待」に答え続けてきたワタシ
よう考えてみたら、私がしたことと言えば、どこかからかは「悪い期待」に懸命に答え続けてきたわけです。「できないだろう」「はい、この通りできません!」「お前、やる気ないよな」「ええ、そうですとも、手を抜いてますからね!」的な感じでね。その事実に焦点が当たったら、なんだか急に視界が広くなりました。すると、さらに思考が進み。「ということはだ!リクルートにある機会を使いまくって、挑戦しまくってやれ。それでダメなら、やっと1年後に正々堂々と辞める権利が得られるわ!」って思ったんですね。なんか、スッキリ。頭が整理されたぞ。「よっしゃ!」と体に力が湧いてきて、週明けに出社するのが、もう楽しみ。さぁ、がっぷり四つで企画を立ててやる。一つも力を抜かないぞ。決意が体中を駆け巡りました。そして、なんといっても、この時期は、採用し損ねた企業が掲載する媒体が発行されるので、私にだって新規原稿制作のチャンスが多い。リスタートには、“もってこい“なのです。
とまぁ、長くなりましたので、続きは次回に。さて、どうなることやら?